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悔しさという過程の向こうにある喜び

不思議なものである。
「気持ち」というのは、本来見えないものだ。
しかし時に、その姿から思いが伝わってくることがある。

負けている場面、その投手は2アウトから失点をした。
イニングを投げ終え、ベンチで迎える同僚たちの手に触れることなく、グラブを外し、悔しさを押し殺しながら、グラウンドから消えて行った。
勝ち負けが彼に付くわけではない。
追い上げムードに水を差した、と見る向きもあるだろうが、試合の大勢には影響がなかった失点だったともいえる。
故障で出遅れた、層が薄くなった投手陣を支えるために、場面を選ばす必死に投げている姿を見ていれば、責めるファンは少ないだろう。
ただファンはそれでいいが、選手は違う。

「勝ち負けだけが楽しみではない」という人がいる。
しかしそれはあくまでも趣味として見ているファンの視点だ。
そして「勝ち負けではない」と言えるのは、それこそ必死にグラウンドで勝負をしている選手がいるからだ。
ユニフォームを着ている人間とファンは同列ではない。
一緒に戦っている、そういう思う人たちもいるだろうが、私はそう思えない。
戦っているのは彼らであり、スタンドやテレビの前の人間はその場に立つことはない。

悔しさや喜びの意味も違う。
選手は文字通り、勝負の世界にいる。
個人的な勝負、チームとしての勝負、そこでの勝ち負けがそのまま感情となる。
しかしファンの悔しさや喜びは、それとは別のものだ。
戦いの中にいないのだから当然だろう。
ではなぜ、同調していると思うのか?錯覚するのか?
そこに必死で勝ちにこだわり戦う選手たちがいるからだ。
決して感傷的なものではない。
もっと生々しい、自分のポジションを得るための戦いをしている姿に感動し、思わず「がんばれ」と声に出してしまうのだ。
勝負に心が震えるのは、悔しさを超えたところにある結果を出した姿を見た時だ。

負けに慣れ、「こんなものだ」という姿には何も感じない。
たとえ結果が出ても、悔しいという過程が見えないからだ。
負け続けていれば、面白くないだろう。
ただそれで生活を立てているプロならば、そこでこそ抜いたプレーをすべきではない。
厳しいかもしれない、生々しいかもしれないが、多くの一般の人がもらえない報酬をもらっているのだ。
チームが勝てなくても、個人の勝負にこだわる姿は見せられるはず。
それが団体競技の中に、個人競技のエッセンスが含まれた野球というスポーツだ。

試合に影響のない場面でも、必死に自分の居場所を確保しようとする姿は、若手、ベテラン関係なく、見ている人たちに”なにか“を伝えてくる。
その”なにか“とは、外からでは見ることのできない悔しさを乗り越えるための”過程”なのかもしれない。

「悔しさ」「喜び」「思い」すべて目に見えないものだ。
しかし見ているファンには、それが伝わる。
「気を抜く」「諦める」「投げやりになる」
これも逆の意味で、伝わってほしくないものだが、届いてしまう。

球場で見られるものは多種多様になってきている。
花火、マスコット、イベントのような楽しみ方は合っていい。
しかし本当に見せるべきは、選手の勝ちにこだわる姿だろう。
そこにこだわりがあるからこそ、相手との間に緊張感が生まれ、好プレーや奇跡のようなことが起こるのだ。

打たれた姿に心を揺さぶられたというのは、選手にとって失礼なことだ。
彼は打たれるために、負けるためにマウンドへ立ったわけではない。
ベンチへ下がる時「なぜできなかった」という悔いが心の中に充満していたことだろう。
ただ「次はやり返す」悔しさの中に、その思いが込められたことが伝わってきた。
そして本当に、次にマウンドへ立った時、彼がリベンジをしたときに感動が来る。
あくまでもセットだ。
だから、なにも伝わらない勝負の後に、たとえいい結果が出ても、”喜び“や”感動は来ない。
現実では、そこで起きたことは気持ちがあろうとなかろうと、事実として数字に残る。
しかしそれだけなら、実際にプレーなど見ずに新聞でも見ていればいい。
そうしないのは、目に見えないはずが、なぜ伝わってくるのかわからないものが、心に届くから、球場へ足を運び、テレビ画面に目を向けるのだ。

これは私の個人的な嗜好だ。
いろいろな楽しみ方は合っていい。
「本当のファン」という者からは、外れてしまっているかもしれないが、私が見たいのは選手たちの勝負へのこだわりだ。
大差で負けているなら、個人の勝負に重きを置いてもいい。
本塁打やヒットではなくても、走塁で守備でも執念のプレーというのはある。
そういうものは、勝ち負けへのこだわりの中でしか生まれない。
そしてそういう姿を見てこそ、私は「負けたけどいいものを見た」と勝負を度外視出来る。
今年は残念ながら、そういうシーンが少なく、寂しいシーズン。
あともう残り少ない中で、どれだけそんな場面が、姿が見られるだろうか?
ただ少なくとも、悔しさを体いっぱいで表現した彼の次のマウンドは、どんな結果であれ、心が揺さぶられると思う。


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